みなさん、おはようございます。
いつも、こうしん堂ブログ「お坊さんの1分説法」
にお目を通してくださり、ありがとうございます。
連日、コロナウイルス関連で
様々な噂が飛び交うこの頃ですが、
こういった時にこそ、
「智慧(ちえ/ものの道理を正しく見極めること)」
を大切にしたいものです。
智慧に関して、今日は、有名な「大岡裁き(大岡越前が
公平で人情味のある裁判をしたといわれることから)」
の一例を書いてみたいと思います。
あるところに一人の子どもがいました。
その子をめぐってなぜか、母親だと名乗る人が二人いました。
「わたしがこの子の母親です」と、どちらも一歩も引きません。
とうとう二人の争いは収まらず、
大岡越前の奉行所に持ち込まれることになりました。
大岡越前は、こう言いました
「その子の腕を一本ずつ持ち、引っ張り合いなさい。
勝った方を母親と認めよう。」
その言葉に従い、二人の母親は子どもを引っ張り合いました。
引っ張られた子どもは、すぐに「痛い」と泣き叫びました。
すると、その声を聞いた片方の母親が手を離してしまいます。
引っ張り合いは終わり、
引っ張りきった方の母親は子どもを堂々と連れて帰ろうとします。
が、大岡越前はこう言いました。
「その子の母親は、手を離したこちらの人だ。」
「本当の親なら、子が痛いと泣き叫ぶことをどうして続けられようか。」
この話は一説には、「ジャータカ」という
お釈迦さまの前世について語られたお経が元になっているそうです。
仏教でいう「智慧」とは、世間一般にいう「おばあちゃんの知恵」
といったものではなく、真理を明らかに見ることである、
と言いますが、
まずはこのご時世、冷静になり正しい情報を見極めること
を大切であろうと思い、今回この話を書かせていただきました。
ご参考になれば幸いです。