おはようございます。
今日は、『天使経』というお経の話をさせて頂きます。
一部改変していますが、以下のようなお話です。
ある人が寿命を終えたとき、
閻魔(えんま)さまに裁かれます。
その人は地獄行きを言い渡され、
理由をたずねると、
おまえは、天使に出会っても自らの生き方を正さなかった、
と言われます。
いえ、私は、天使などにはお会いしておりません。
ではおまえは、老いていく老人を見なかったか?
はい、ご老人には何度となくお会いしました。
では、どうして時は有限だと知り、
すべてのものはうつり変わると理解しなかったのか。
おまえは、他に天使に出会わなかったのか?
いえ、天使などにはお会いしておりません。
ではおまえは、病気になり苦しむ人を見なかったか?
はい、病気の方には何度となくお会いしました。
では、どうして自分の体でさえ自分の思うようにいかないと知り、
すべてのものは自分の思い通りにならないと理解しなかったのか。
と、人間の「生老病死」の苦しみを抱えた者を
「天使」と見て、自らの考え、生き方を正しなさい、
という内容のお経です。
苦しみを抱えた人に出会っては、
諸行無常(しょぎょうむじょう:
すべてのものはうつり変わること)や、
諸法無我(しょほうむが:
思い通りになるものはこの世にないこと)などの真理を知り、
それに向き合って生きていきなさい、
ということになります。
また、そのように難しく考えなくとも、
(生:)赤ん坊から教わることもあれば、
(老:)ご老人から教わることもある。
(病:)病気の人に気づかされることもあれば、
(死:)人の死によって気づくこともある。
このように、出会う人すべてから教わることはあります。
なにか心を動かされる出来事に出会った時、
(仮に、怒りや悲しみなどの感情をもってしまったとしても)
よく考えてみると、その相手は
自らの人生をよりよい方向に変えてくれる「天使」
なのかもしれません。