おはようございます。
先週、来週は「諸法無我(しょほうむが)」
ということについて書きます、と最後にかきました。
が、この教えは仏教の根本であり、
簡単に書くことは難しいです。
私も完全には理解できていないとおもいます。
なので、本当にカンタンに、
どういうことかイメージをして頂くため、
私なりにかみ砕いてお話したいとおもいます。
このように、いつも以上におことわりが多いのは、
「諸法無我」は、仏教の「三宝印(さんぼういん)」といいまして、
「根本になる3つの教え」の1つに数えられていることだからです。
三宝印についてはまたお話するとして、
今日は、みなさんも聞いたことがあるかもしれません
「諸法無我」ということについて少し書いてみたいと思います。
諸法無我とは、一言でいうと、
この世の中、この世界に、「私の(あなたの)もの」など
1つもないよ、ということです。
「諸法(しょほう)」とは、
「諸」とは、ここでは「もろもろの」「すべての」という意味で、
「法」とは「もの」「現象」という意味です。
「諸法(すべてのもの)」は「無我」。
「我(われ)」のものでは「無い」ということです。
じゃあこの体はどうなんや?
となるわけですが、
あなたの体も、あなたの思い通りにはいきません。
病気になりたくてなる人など、どこにいるでしょうか?
年をとり、体が動かしにくくなりたい人など、どこにいるでしょうか?
自分の体ひとつ、思い通りにはならないのです。
また、人をみてもそうです。
「自分の彼女」だと思うから、
「自分の夫」だと思うから、
「自分の子ども」だと思うから、
「自分の部下」だと思うから、
思い通りにいかない時に、腹が立つのです。
人間はどうしても所有欲が出てしまいます。
「自分のものだ」と思うから、
それが減った時や
うまくいかない時、
苦しみに変わるのです。
お釈迦さまは「人生は苦だ」とおっしゃいました。
しかし、仏教は決して後ろ向きの教えではなく、
「いかにして、その苦を乗り越えていくか」を伝えた教えです。
その大事な1つが、「諸法無我」。
本当の意味での「私のもの」、「私の思い通りになるもの」など、
この世にはないんだ、ということを知ることが大切だというお話でした。