いつもブログ「お坊さんの1分説法」を
お読みいただき、ありがとうございます。
今日26日は、お彼岸の最後の日になります。
先週まで「布施」について書きましたが、
今日は、六波羅密のさいご、「智慧」について書いてみたいと思います。
「智慧」とは、
「正しいものの見方をする」ということですが、
このような話があります。
ある国に、4人の王子がいました。
王子たちは、時々集まってはいつも
見たことがない、キンスカの木の話をしていました。
あるとき、王子たちは、
国王に、キンスカの木を見せてくれと頼むと、
では家来の者に、キンスカの木をよく知る者がいるから
案内してもらいなさい、と言いました。
王子たちは、キンスカの木を知る家来に
キンスカの木を見に連れて行ってくれ、と頼みましたが、
その者はこう言いました。
「木がある場所まで大変遠く、
馬車に1人しか乗せることができません。
また、私はとても忙しく、
手が空いた時にしか案内できません。」
そうはいっても、キンスカの木を見るには彼に頼むしかないので、
時間はかかるが1人ずつ見に行こうという話になりました。
そして、案内人に時間ができたというので、
まずは、長男の王子が、案内してもらうことになりました。
長男が、キンスカの木にたどり着くと、
キンスカの木は、芽がたくさん生えてたくましい装いでした。
ほお、これがキンスカの木か、と感動し、帰りました。
そしてそれからしばらく経ち、
案内人に時間ができたというので、
次男の王子がキンスカの木を見に行きました。
すると、キンスカの木は、青々と葉が茂っていました。
ほお、立派な生命力あふれる木だな、と感じて帰りました。
そしてしばらく経ち、今度は三男の王子がキンスカの木を見ました。
すると、キンスカの木は、あふれんばかりの花を咲かせていました。
きれいな、みごとな木だなと感じ、帰ってきました。
またしばらく経ち、最後に四男の王子が、キンスカの木を見ました。
キンスカの木は、たくさんの実をつけていました。
やっと見れたこれがキンスカの木なんだと思い、帰ってきました。
さて、しばらくしてまた4人の王子が集まる機会がありました。
例のごとく、キンスカの木の話になると、
みんな見ていますから、
「あの、青々と茂った木がキンスカの木だな」と言うと、
「いやいや、きれいな花をいっぱい咲かせているのがキンスカの木だ」
「おまえたちは何を言っているんだ、大きな芽がたくさんあるのが
キンスカの木じゃないか」
と、まったく意見が合いません。
困った王子たちは、王さまに
いったいどれが本当のキンスカの木なんですか、
と聞くと、王さまはこう言いました。
おまえたちはばかだなあ、
目の前の木を見るだけでなくて
案内人に、この木は、前はどうであって、この後はどうなるのか
という話を聞いたか。
自分の目の前の様子だけを見て、
その木を全部わかったつもりでいる。
ちゃんと、総合的に考えないとだめだ。
この王子たちは「正しいものの見方」をできていなかった
ということになりますが、
ものごとを総合的に判断することができる、
のが「智慧」です。
たとえば我々も、人をすぐに見かけで判断してしまいます。
また、ある人の「一部分」だけを見てすぐに
「あの人はああいう人だから」と決めつけ、
ひどい場合は差別視してしまいます。
また、一部分だけを見て、
「あんな人とは話してもむだだ、わかり合えるはずもない」
と決めつけてしまいます。
ですが、本当にそうでしょうか。
あなたが見た、その人の、その部分は、
このキンスカの木のように、
ある「ひとつの顔」にすぎないかもしれません。
「智慧」つまり「正しいものの見方」は、
そうではなくて、なにごとも
総合的に判断すること、です。
今日、お彼岸1週間の最終日になりますが、
この「智慧」ということを心がけて
過ごされてみてください。
きっと、新しい発見があるのではないかとおもいます。